
お兄やん
「今、見ている この
東大寺の南大門、
実は・・・奈良時代のものじゃないんだよ!」
小鹿
「えっ、
東大寺って奈良時代の
752年にできたんじゃないの?」
お兄やん
「よく知ってるね^^
でも、
南大門は東大寺大仏殿より、あとに出来た といわれているので、
だいたい、奈良時代の756年〜762年に創建されたという説があるね!」
小鹿
「へぇ〜、そうなんだ〜」
お兄やん
「奈時代に出来た 最初の
南大門は
平安時代の962年と989年に大風【おおかぜ】で
二度も倒れたことがあるんだよ!」
小鹿
「えぇ! こんなに大きな門が倒れたりするんだ!
今の世の中じゃ信じられない出来事だね〜!!」
お兄やん
「まぁ、奈良時代や平安時代の
建築様式は
見た目重視であまり強度がなかったからね〜
まぁ、
南大門の建築様式に関してはあとでじっくりと・・・」
「で、平安時代の1161年に再建されたと いわれているんだけど・・・」
小鹿
「だけど・・・・・・」
お兄やん
「大風【おおかぜ】ではなく、今度は焼かれちゃったんだよ!」
小鹿
「え〜〜〜!!」
つづく・・・
お兄やん
「
東大寺の南大門は平安時代の1180年に焼けてしまうわけだけど・・・」
小鹿
「ふんふん、それで。」
お兄やん
「ところで、
平清盛【たいらのきよもり】って知ってる?」
小鹿
「知ってるよ^^ 教科書に載ってて、有名だからね!」
お兄やん
「で、平清盛【たいらのきよもり】さんは平安時代の登場人物なんだけど・・・」
「平安時代は平安京だから、平城京のあった この奈良ではなく
都は今の京都にあったんだけど、
その当時の政治は平氏が中心になっていたんだよ!」
「でも、奈良は奈良で仏教の都として盛んだったので、
京都からみて、奈良は南にあるから南都と言われていたんだね」
「その奈良の南都と平氏との間で意見の対立があったんだ!!」
小鹿
「ふむふむ、なるほど・・・」
お兄やん
「で、その平清盛【たいらのきよもり】さんに
平重衡【たいらのしげひら】という息子さんがいてね、
その平重衡【たいらのしげひら】さんが平安時代の1180年の12月8日に
東大寺の近くの民家に火を放ったんだよ!」
「それで、火は強風にあおられ、
炎はたちまち、東大寺の大仏殿をはじめ、あたりのお堂にも燃えうつって
南大門も焼失してしまったんだ!!」
小鹿
「・・・・・・」
お兄やん
「この兵火は後に
南都焼討【なんとやきうち】と呼ばれるようになったんだ」
つづく・・・
お兄やん
「
南都焼討【なんとやきうち】で、
東大寺一帯や
南大門も焼けてしまったわけだけど・・・」
「今ここにある
南大門は、南都焼討【なんとやきうち】後の
鎌倉時代の1199年に再建されたものなんだよ^^」
小鹿
「そうだったんだ!」
お兄やん
「で、その時、
東大寺や南大門の再建を
まかされたのが、
俊乗坊 重源【しゅんじょうぼう ちょうげん】という人物だったんだよ!」
「重源【ちょうげん】さまは京都の醍醐寺の お坊さまで
その当時、鎌倉幕府をひらいた 源頼朝【みなもとのよりとも】と
後白川法皇【ごしらかわほうおう】の助けで、
東大寺や南大門の再建をはじめたんだね!」
小鹿
「よかった〜」
お兄やん
「でも、これだけ大きな
東大寺や南大門を再建するためには
いかに短かい期間で巨大で かつ強度な木造建築を建てるか、
という問題があったんだね〜」
小鹿
「なるほど」
お兄やん
「それを解決したのが、今 見ている
南大門の建築様式なんだよ〜!」
南大門 建築様式につづく・・・