スポンサードリンク

東大寺 南大門の歴史 南都焼討と再建 

お兄やん
東大寺の南大門は平安時代の1180年に焼けてしまうわけだけど・・・」


小鹿
「ふんふん、それで。」


お兄やん
「ところで、平清盛【たいらのきよもり】って知ってる?」


小鹿
「知ってるよ^^ 教科書に載ってて、有名だからね!」


お兄やん
「で、平清盛【たいらのきよもり】さんは平安時代の登場人物なんだけど・・・」

「平安時代は平安京だから、平城京のあった この奈良ではなく
都は今の京都にあったんだけど、
その当時の政治は平氏が中心になっていたんだよ!」

「でも、奈良は奈良で仏教の都として盛んだったので、
京都からみて、奈良は南にあるから南都と言われていたんだね」

「その奈良の南都と平氏との間で意見の対立があったんだ!!」


小鹿
「ふむふむ、なるほど・・・」


お兄やん
「で、その平清盛【たいらのきよもり】さんに
平重衡【たいらのしげひら】という息子さんがいてね、
その平重衡【たいらのしげひら】さんが平安時代の1180年の12月8日に
東大寺の近くの民家に火を放ったんだよ!」

「それで、火は強風にあおられ、
炎はたちまち、東大寺の大仏殿をはじめ、あたりのお堂にも燃えうつって
南大門も焼失してしまったんだ!!」


小鹿
「・・・・・・」


お兄やん
「この兵火は後に
南都焼討【なんとやきうち】と呼ばれるようになったんだ」


つづく・・・
[ 2017/11/02 13:43 ] 東大寺 南大門の歴史と再建 | トラックバック(-) | コメント(-)

スポンサードリンク